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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)9689号 判決

原告 高橋ヨネ

被告 第一生命保険相互会社

主文

被告は原告に対し金八一万二〇七四円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し金八二二万二三六四円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  右2項につき仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告(以下会社ともいう)は生命保険業を営む相互会社であるところ、原告は昭和三二年三月外務員(外勤職員)として被告に入社し、昭和四一年一月一日以降被告帯広支社湧網支部(以下単に湧網支部という。また被告帯広支社を単に帯広支社という。)の支部長として勤務してきたものである。

2  原告が昭和四九年六月当時被告から受給していた平均給与は月額二一万円であり、当月分を当月二三日に支払う約束であつた。

3  また、同年五月末日現在支部長として在籍し、同年七月一日現在まで引続き正常に勤務している者に対しては、右七月一日を支給時として夏期臨時手当が支給されることとなつており、原告は右受給資格を満たしていて、支給基準によれば原告に支給されるべき額は六八万三三六四円を下らなかつた。なお原告は同年五月四日に被告より自宅勤務を命ぜられ、以後それに従つて支部長として勤務していなかつたが、右は就業規則上の懲戒処分として命ぜられたものではないから、右支給要件たる「正常に勤務している者」に該当するものというべきである。

4  しかるに被告は、原告に対して同年六月三〇日付をもつて懲戒免職したとして、以後原告を被告の従業員として取扱わず、同年七月一日以降の給与及び右夏期臨時手当を支払わない。

5  よつて原告は被告に対し、雇用契約上の権利を有することの確認を求めると共に、同年七月一日から昭和五二年六月二七日まで三五月二七日分の給与合計七五三万九〇〇〇円及び右夏期臨時手当六八万三三六四円の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

請求原因1、2、4項はいずれも認める。同3項のうち、昭和四九年五月末日現在支部長として在籍し同年七月一日現在まで引続き正常に勤務している者に対して同七月一日を支給時として夏期臨時手当が支給されることになつており、原告の場合仮りに右受給資格を充足したとすればその支給額が六八万三三六四円を下らないことは認める。しかし原告は、右七月一日当時、後に主張するとおり懲戒免職により既に被告従業員の地位になかつたし、仮りにそうでないとしても原告は同年五月四日自宅勤務を命ぜられて勤務についていなかつたのであるから、七月一日当時正常に勤務している者に該当せず、従つて夏期臨時手当の受給資格を有しない。

三  被告の抗弁

1  被告の外勤職員就業規則二一条は、「服務上および一身上不都合な行為のあつたときは、次の区分によつて懲戒する。

1 戒告 2 譴責 3 減俸 4 降格 5 免職 ただし免職は組合と協議して行う。」と定めている。

2  しかるところ原告には、湧網支部支部長としての在勤中次のような不都合な行為があつた。

(1) 湧網支部に昭和四四年九月に入社した外勤職員桑原ツヤ子が、昭和四七年九月中湧別町から名寄市に転居してほとんど同支部に出勤することができなくなつたのを機に、原告は、昭和四八年四月から昭和四九年三月までの間、原告が募集した契約一五件をあたかも右桑原が取扱つたように偽造文書を作成して会社に提出し、右桑原に宛てて支払われた昭和四八年四月分から昭和四九年二月分までの給与合計二四万九四三七円、昭和四八年夏期臨時手当四万〇四五二円、薪炭手当三万三七〇〇円、昭和四八年年末手当七万六一八六円、合計三九万九七七五円を同人の領収書を偽造提出して自ら受領し、これを着服して横領した。なお右成績付替(原告自身の募集成績を桑原に付替えること)は、名目だけの契約取扱者を生ずることになり、このため保険契約者へのサービスに支障を生ずるし、また被付替職員の身分、給与が不当に維持ないし持上げされるため、被告は本来支払うべき給与額を上廻る給与の支払いを余儀なくされるほか、稼働職員数を増やすことにより支部経営資金、支部長給与などについても不当な支出をすることになるなど、経営上重大な支障を生ずるのである。

(2) 原告は、昭和四七年九月契約者石沢美知夫の新契約の申込みを被告に取次ぐに当り、第一回目の年払保険料九万二七三〇円を立替入金して契約を成立させたが、右石沢から依頼された旧契約三件の解約手続を二回に分けて行い、同年八月に二件分の解約返還金七万八四八〇円、昭和四八年一〇月に一件分の解約返還金三万四七〇〇円を受領して、右立替保険料に充当した残額二万〇四〇〇円を右石沢に返金すべきところ、これを横領費消した。なお原告は、昭和四九年六月にこの事実が発覚するや、同月一四日右石沢に二回目の解約返還金三万四七〇〇円を返済したうえ事実の隠蔽を懇請した。

(3) 支部経営資金は支社において管理し、支部長は必要に応じて支社から仮出金を受けて使用し、使用後速やかに使途明細書を添付して精算することになつているが、原告は、右資金の中から支部職員に支給される交通費について、支社に提出する使途明細書に実費以上の金額を計上する方法により、昭和四八年一〇月から昭和四九年二月までの間に、被告に判明しただけで約六万八〇〇〇円の交通費を水増し計上して、この金額を横領した。なお、原告は、その他の支部経営資金の取扱いについても、外部業者からもらつた金額欄空白の領収書を利用して、真実は支出していない費用をあたかも支出した如く虚偽の領収書を作成して費用に計上し、その分を横領していた。但しその金額は明らかでない。

(4) 原告は、契約者奥山桃之助との契約を取扱つていた湧網支部外勤職員勝本郁の依頼を受けて、右契約を成立させるには被保険者である右奥山本人の健康診断を要するのに、昭和四八年八月六日、原告の隣人塚田勇治郎に依頼して同人を右奥山の身代りとして嘱託医曽我耕作による健康診断を受けさせ、もつて不正契約を成立させた。

(5) 原告は、生命保険外務員採用に際し行なわれる試験において、昭和四九年一月採用の野口ナカについて、同人の代りに湧網支部外勤職員菅野律子をして受験、合格させ、もつて被告をして右野口を採用せしめた。

(6) 原告は、湧網支部外勤職員菅野トミ子の夫である菅野進が、昭和四八年六月以降保険募集人として登録せずに保険の募集活動を行つていたことを知りながら、これを制止せず、また右菅野トミ子に支給されるべき給与の一部を菅野進に直接支給し、もつて保険募集の取締に関する法律に違反する無登録募集を容認した。なお、右の点について被告は、原告の自認に従つて無登録募集と認定したのであるが、成績付替による給与の横領に該当する疑いもある。

3  原告の右行為はいずれも服務上の不都合な行為に該当し、かつ事案が重大であるので、被告は、前記就業規則の規定に基づき昭和四九年六月三〇日付をもつて原告を懲戒免職することとし、同年七月一五日原告の所属する外勤労働組合帯広支部と協議し、同月一七日同支部の同意をえて、同月一九日、同年六月三〇日付をもつて懲戒免職する旨の意思表示を原告に伝えた。

右は原告の責に帰すべき事由に基づく解雇であるから、同年六月三〇日をもつて、仮りにしからずとするも同年七月一九日をもつて、解雇の効力を生じ、原告は被告の従業員たる地位を失つたものである。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1項の事実は認める。

2  (1) 同2項(1)の事実は否認する。支部所属外勤職員の契約募集活動を応援することは支部長の基本的職責であるところ、桑原ツヤ子の住所が支部所在地より遠いことのほか同人が低血圧症に悩んでいたことから、原告が支部長として桑原の手がけた募集活動を、ときには同人の電話依頼に基づき同人に代つて成約にこぎつけるなどして応援したことがあるが、同人が契約の相手方をつかみ交渉の下地を作つていたものであるから、あくまでその成果は同人に帰せられるべきもので、原告の活動はその応援の域を出るものではない。また同人に支払われるべき給与、手当は全て同人が受領している。時によつては同人の依頼により原告が預つている同人届出の印鑑によつて原告が代理受領したこともあるが、送金ないし他の職員に託するなどして同人に届けている。

(2) 同(2)の事実は否認する。石沢との新契約募集及び旧契約三件の解約はいずれも勝本郁が扱つたものであつて、原告は関与していないし、石沢は右解約返還金を解約と同時に受領している。原告が昭和四九年六月一四日に解約返還金を同人に返済した事実もない。

(3) 同(3)の事実は否認する。支部経営資金は支部の実際の支出とは関係なく、支部の実績により定まつた額が支給される(但し光熱費等は支部使用面積等による定額が支給される)もので、支部長が支社宛にする使途の報告はあくまで事後報告であつて、これにより支部に支給される経営資金の額が左右されるものではない。そして支給される右資金は支部活動を維持するには常に不足勝ちで、支部長である原告が自己の収入をさいてその不足を補つてきたのであつて、原告がその一部を横領するなどの余地はなかつたし、仮りに使途明細における支社宛の報告と実際の支出との間に多少の差があつても、これを原告が横領したものと決めつけるのは失当である。また、支部の経理事務の一切は支部内勤職員が処理しており、主な支出については支部の幹部職員と相談して決定しているから、支部経営資金の使途は支部職員の周知するところであり、そのような中で原告がその一部を着服するようなことはできるわけもない。

(4) 同(4)の事実は否認する。奥山桃之助との保険契約について替玉健診が行なわれたことは原告は後に知つたことで、原告が関与してしたことではない。

(5) 同(5)の事実も否認する。野口ナカの採用について替玉受験のあつたことも、原告は後に知つたことで何ら関与していない。

(6) 同(6)の事実も否認する。菅野進が妻である菅野トミ子の契約募集活動に当り、自動車を運転して送つたり、ついでに妻の交渉を応援するなどのことはあつたと思われるが、無登録募集行為に該当するほどのことではない。また菅野トミ子に支給されるべき給与を夫の進に支給したようなことはない。

3  同3項の事実中、被告が原告に対し昭和四九年六月三〇日付をもつて懲戒免職する旨を同年七月一九日に意思表示したことは認めるが、その余は争う。被告は原告を懲戒免職するについて組合との協議をしていないし、仮りにその協議がなされたとしても原告の利益を擁護するに適した方法でなされていない。

4  以上のとおり、本件懲戒免職は、就業規則二一条所定の懲戒事由が存在せず、また組合との協議を欠いてなされたものであるから、無効である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  被告が生命保険業を営む相互会社であり、原告が昭和三二年三月外務員として被告に入社し昭和四一年一月一日以降湧網支部の支部長として勤務してきたものであること、被告が原告に対し昭和四九年七月一九日、同年六月三〇日付をもつて原告を懲戒免職する旨の意思表示をしたこと、及び被告の外勤職員就業規則二一条が「服務上および一身上不都合な行為のあつたときは、次の区分によつて懲戒する。 1 戒告 2 譴責 3 減俸 4 降格 5 免職 ただし免職は組合と協議して行う。」旨定めていること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで次に、被告主張の懲戒事由の存否につき判断する。

(一)  いずれも成立に争いのない乙第一二号証、第二七号証の一ないし一五、証人三浦の証言により成立を認めるべき乙第三号証の一、いずれも、「上記内容に間違いありません」との記載、原告の署名、指印、日付部分につき成立に争いがなく、証人三浦の証言により、その余の記載部分は、被告従業員が原告の自認したところを要約記載のうえ原告に示して右争いない部分の記載を得たものであることが認められる乙第三号証の二、三、原告の署名、指印、日付部分につき成立に争いがなく、その余の記載部分は証人三浦の証言により右同様と認められる乙第三号証の九、証人三浦の証言により、被告従業員が作成して右乙第三号証の三の作成を得るに当り原告に示したものと認められる乙第三号証の四、証人東海林の証言により成立の認められる乙第三号証の一〇、一一、証人桑原の証言により成立の認められる乙第五号証、証人今村の証言により被告従業員(柴田係長)が作成したものと認められる乙第一八号証、証人三浦の証言により成立の認められる乙第二八ないし第三〇号証、証人今村の証言により成立の認められる乙第三七号証の一、二、乙第四号証の一ないし一五の存在、証人東海林、同桑原、同三浦の各証言(但し諸人桑原の証言中後記採用しない部分を除く)を総合すると、次の事実を認めることができる。

湧網支部所属外勤職員として昭和四四年に入社した桑原ツヤ子は、昭和四七年九月ころ同支部所在の中湧別町から遠隔の名寄市に転居して以来ほとんど同支部に出勤せず、また保険募集の仕事もしなくなつていたところ、昭和四八年四月から昭和四九年三月までの間同人が一五件の保険契約を、単独で(九件)又は他の外勤職員と共同で(六件)募集し成立させたとして会社に届出られているが、このうち大部分は原告が募集し成立させたものであり、一部は契約を募集、成立させた他の外勤職員に原告が依頼してその成績の一部を譲り受けたものであるが、原告はこれら契約を桑原が取扱つたもののように装つて(成績を付替えて)書類を作成して会社に提出し、その成績に基づいて同人に支払われるべく会社から同支部に送付された昭和四八年四月から昭和四九年二月までの給与合計二四万六四三七円、昭和四八年夏期臨時手当四万〇四五二円、薪炭手当三万三七〇〇円、年末手当七万六一八六円、特別手当三〇〇〇円、合計三九万九七七五円を、領収書用紙に同人の氏名を冒書し、同人から預り保管中の印章を冒捺して同人名義の領収書を作成提出して(前出乙第四号証の一ないし一五はかくして作成されたものである。)、自ら受領し、そのうち二、三万円を同人に紹介手数料名義で交付したのみで、他は交付せず、右契約に当り契約者の払込むべき初回保険料を立替支払いする資金に充て(かかる保険料立替は元来不正なことであり、それをする場合は取扱職員が自身の判断で自身の資金をもつてするのであるから、自身のために費消したことにほかならない。)、あるいは自ら着服した。

右のとおり認められ、証人清水、同桑原の各証言及び原告本人の供述中右認定に反する部分は、前掲の他の証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、証人三浦、同今村の各証言によると、このような成績のない職員への成績付替に基づき当該職員宛の給与を支払うことは、契約募集に直接対応する給与(募集手当)において差はないにしても、成績のない職員に対しては本来支給しないこととなつている固定給や夏期、年末、薪炭等諸手当を支払うこととなる点で会社に対し経済的損失を与えるものであり、また成績ある外務員の員数を確保することは支部としての成績に影響し、ひいてその成績に基づいて増減される支部経営資金や支部長の給与に影響が及ぶことになる点でも、会社に不利益を与えるものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。

(二)  成立に争いのない乙第一三号証、証人三浦の証言により成立の認められる乙第六号証の一、証人三浦、同今村の各証言及び弁論の全趣旨により成立の認められる乙第六号証の二、三(同二のうち郵便官署作成部分の成立は争いない)、証人今村の証言と弁論の全趣旨により成立を認めるべき乙第三四号証、乙第一四号証の存在、証人東海林、同三浦、同今村の証言を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、昭和四七年八月ころ保険契約者石沢美知夫の契約申込みを会社に取次ぐと共に、同人から旧契約三件の解約手続を依頼され、新契約の第一回保険料九万二七三〇円を旧契約の解約仮還金を引当てに同人に立替えて入金し、旧契約のうち二件はそのころ解約手続をとつてその返還金七万八四三〇円を右立替金の一部に充当したが、残り一件の解約手続を昭和四八年一〇月ころ行い、その返還金三万四七〇〇円が同年一一月八日ころ同支部に送金されたところ、原告は、右解約手続依頼の際予め右石沢の押印を得ていた領収書用紙に同人の氏名を記入してその領収書を作成提出して(前出乙第一四号証はこのようにして作成された)、右返還金を受領し、右立替金残額を控除した二万〇四〇〇円を右石沢に返金すべきであるのに返金せず、これを領得した。なお原告は、この事実について昭和四九年六月一三日会社から事情聴取を受けるや、急拠翌一四日右石沢に解約返還金三万四七〇〇円を返済して同返還金は右解約手続当時受領していたことにしてくれるよう事実の隠蔽を懇請した。右のとおり認めることができ、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第五号証の一、第七号証及び原告本人の供述中右認定に反する部分は、いずれも前掲の各証拠に照らし措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。就中、右六月一四日の隠蔽工作につき、石沢美知夫、三枝子夫妻の供述証拠は二転三転し原告本人は、当日石沢に電話したり訪れたりしたことすらないとしてこの事実を極力否定するのであるが、石沢が同月二〇日前後という接近した段階において、かかる重大な事実を捏造して支社に報告したと考えるには、原告本人の供述を考慮してもとうていその動機を思いつくことが不可能であり、結局乙第六号証の三の記載内容はこれを措信しないわけにはいかないというべきである。

(三)  前出乙第一八号証、いずれも成立に争いのない乙第七、第二六号証、証人東海林の証言により成立の認められる乙第三号証の一四、いずれも証人三浦の証言により成立の認められる乙第一六、第一九、第二〇、第二四号証、第二五号証の一、二、いずれも成立に争いのない乙第二一号証の一、三、五、七ないし一一、一三、一五、第二二号証の一、三、五、七、九、一一、一二、一四ないし一七、一九、二一、二三、証人三浦の証言により湧網支部から帯広支社に支部経営資金に関する使途明細報告資料として提出されたものであることが認められる乙第一五号証の一ないし九、第二一号証の二、四、六、一二、一四、一六、第二二号証の二、四、六、八、一〇、一三、一八、二〇、二二、第二三号証の一ないし一九の各存在、証人今村の証言により昭和四九年三月一三日当時同支部内に存在したものと認められる乙第八号証の一ないし二六の存在、証人東海林、同三浦、同今村の各証言を総合すると、次のような事実を認めることができる。

支部経営のために必要な費用、即ち外勤職員の特定の会合出席のために支給される交通費、食事費、外勤職員の募集活動を督励するための奨励金、懸賞品代、支部長交通費、光熱費その他の諸経費に充てるための資金(支部経営資金)は、支社において管理し、支社から支部に送付されることになつているところ、その支給金額の枠は、支部の規模や実績により予め定められており、その枠内でそれをどのように支出するかは、必要性の認められる限度で支部長の裁量に委ねられているが、なおその運用が適正に行なわれているかどうかは支社の管理下にあつて、具体的には、支部は支社から必要に応じ仮出金の支給を受けてこれを支出した後、その使途明細書に支出を証する書面(領収書)を添付して支社に報告すべきことになつている。しかるところ、原告は、昭和四七年秋ころから昭和四九年二月ころまでの間外勤職員に支給する交通費につき、鉄道運賃を支給しながらそれより高額のバス運賃を支給したように明細報告したり、外部業者から予め金額欄空白の領収書をもらい受けあるいは特定業者(食堂天金)名義の領収書用紙を予め印刷させて保管しておいて(前出乙第八号証各証は右のようにもらい受けた白紙領収書の使用残部である。)、これらに恣に自ら若しくは支部内勤職員をして所要事項を記入させることにより実際には支出していないのに若しくは実際の支出額より多く経費支出をしたような虚偽の領収書を作出し(前出乙第一五号証各証、第二一号証の二、四、六、一二、一四、第二二号証の四、八、一〇、第二三号証各証はいずれもこのようにして作成された虚偽の領収書である。)、これに基づいて右使途明細の報告をし、よつて経費を水増し報告して資金を浮かせ、これを恣に不正な業務上の用途に支出しもしくは私用に費消し、もつて不正な経理処理をした。

右のとおり認められ、証人清水の証言及び原告本人の供述中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、原告が右のように水増し報告をして浮かせた数額については、本件証拠上未だこれを的確に認定しえない(即ち、前掲の各証拠に照らし、乙第二〇号証中三項(一)ないし(四)のA―別表(一)ないし(四)―に指摘するところはほぼ正鵠を得ているものと窺われないでもないが、なお、その別表(一)、(二)について言えば、記載の各会合毎に必ず鉄道運賃しか支給されなかつたのかどうかについては裏付証拠が十分でないし、別表(三)については、前出乙第一九号証の記載の正確性について若干の疑問が残るのであり、別表(四)については、かかる支出が虚空であることの根拠について、証人三浦の証言内容をもつてしては未だ十分な証拠とはいえない。)。しかしながら右認定のような不正な経理処理が相当大量に行われたこと自体は叙上のとおり否定しえないのであり、この程度の概括的認定をもつてしても、懲戒の一事由とすることに支障はないものというべきである。またこのようにして浮かせた金員の使途については、前出乙第一八号証及び証人今村の証言中に、これを成績付替契約(原告が募集、成立させた契約を他の外勤職員の成績に恣に付替えること)に際して立替保険料に充当した旨の清水広子からの伝聞証拠があるところ、前(一)項認定の事実と前出乙第一二号証中の原告名義の立替資金口座をもつていたことを認める部分に照らしても、右金員の一部をかかる用途に費消した(かかる費消が自身の利益のためにするものであることは前(一)項中に判断したとおりである。)ことは推測しうるけれども、その収支の流れを的確に把握するに足る証拠はないし、他方原告本人が供述するように、正式に報告しても承認されないような支部経営費用に充てたものもあるであろうことは否定できないから、右水増し資金の全てないし大部分を原告が領得したと認定するには未だ証拠不十分というべく、よつて前示認定にとどめた。

(四)  前出乙第三号証の一、第一八号証、証人東海林の証言により成立の認められる乙第三号証の一二、証人三浦の証言と弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一〇号証、「上記内容に間違ありません」との記載、原告の署名、指印、日付部分につき成立に争いなく、証人三浦の証言により、その余の記載部分は、被告従業員が原告の自認したところを要約記載のうえ原告に示して右争いない部分の記載を得たものであることが認められる乙第三号証の七、証人東海林、同三浦、同今村の各証言によれば、原告は、湧網支部外勤職員勝本郁が取扱つていた契約者奥山桃之助との保険契約募集に関し、同契約を成立させるには被保険者である右奥山本人の健康診断を経なければならないのに、昭和四八年八月六日、原告の知人塚田勇治(次)郎に依頼して同人を右奥山の身代りとして嘱託医曽我耕作による健康診断を受けさせ、もつて不正な方法により被告をして右契約を締結するに至らせたことが認められ、原告本人の供述により成立の認められる甲第六号証の記載及び原告本人の供述中右認定に反する部分はいずれも右掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(五)  成立に争いのない乙第一一号証、前出乙第一八号証、証人三浦の証言と弁論の全趣旨により成立の認められる乙第三一号証、証人東海林、同三浦、同今村の各証言によると、原告は、生命保険外務員採用に際し行なわれる試験において、昭和四九年一月採用の野口ナカについて、湧網支部に勤務する外勤職員菅野律子に依頼して、同人をして右野口の代りに受験させて合格させ、もつて不正な方法で被告をして右野口を採用せしめたことが認められ、原告本人の供述中右認定に反する部分は前掲の他の証拠に照らし採用できず、他に、右認定を左右するに足る証拠はない。

(六)  成立に争いのない乙第三二号証の一ないし一四、「上記内容に間違ありません」との記載、署名、指印、日付部分につき成立に争いがなく、証人三浦の証言により、その余の部分は、被告従業員が原告の自認するところを要約記載のうえこれを原告に示して右争いない部分の記載をえたものと認められる乙第三号証の五、同証言により被告従業員が作成して右乙第三号証の五の作成を得るに当り原告に示したものであることが認められる乙第三号証の六、証人東海林、同三浦の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、湧網支部所属外勤職員菅野トミ子が昭和四八年六月から昭和四九年三月までの間に一四件の保険契約を募集し成立させたとして会社に届出られているが、このうちの一部は、保険募集の取締に関する法律四条二項の規定により登録された生命保険募集人若しくは同法九条所定のその他の保険募集資格者でない同人の夫菅野進(原告の兄)が募集活動をして成立させたものであるところ、原告は右菅野進の募集活動を知りながらこれを制止せず、もつて同法に違反する無登録募集行為を認容したことが認められ、証人菅野の証言及び原告本人の供述中右認定に反する部分は前掲の証拠に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、証人三浦は、菅野トミ子が三浦の事情聴取に答えて、「自分は募集活動をしていない、給料(乙第一七号証の一ないし一二に対応するもの)ももらつていない、夫が小遣銭程度をもらつていたようだ」と述べた旨供述し、また前出乙第三号証の五、六によれば右一四件の保険契約の大部分について原告が初回保険料を立替えているものと認められるから、右契約中菅野進が募集した契約以外の大部分について、前(一)項認定と同様に、原告が自ら募集し、あるいは他の職員の成績の一部をもらい受けて、これを菅野トミ子の成績に付替えたものではないかとの疑いも濃厚であるが、証人三浦の右証言部分は伝聞証拠としてその証拠価値は十分なものといえず(この点に関しては菅野トミ子の供述書をとつていない)、右のように認定するには未だ証拠不十分というほかはない。また、証人東海林、同菅野の証言によると、菅野進が何回か原告を通じて給料を受領したことが認められるが、これが同人自身の募集活動に対応する対価として授受されたものか、あるいは菅野トミ子に支給されるべき給与を単に代理受領したにすぎないのかは、これを確定するに足りる証拠はない。

三  前項に認定した原告の各行為は、いずれも支部長としての雇用契約上の任務に違背するものであることはいうまでもなく、(一)(三)の行為は直接被告に経済的損失を及ぼし、(二)の行為は生命保険会社としての被告の信用を失墜させ、(四)(五)の行為は被告の保険業務遂行上の基本的事務の運用を誤らせるものであり、(六)の行為もまた被告の信用に関わる行為であつて、各認定の行為の内容に照らし、観過し難い重大な非違行為といわざるをえないから、いずれも前示就業規則に定める「服務上不都合な行為」に該当するものというべく、被告はこれに対し所定の懲戒処分をすることができるものといわなければならない。そして右に指摘した原告の地位、非違行為の程度に照らし、被告がこれに対し、懲戒処分のうち最も重い免職処分をもつてのぞんだことが、懲戒権の範囲を逸脱したものとみることもできない。

そして、証人三浦の証言及び弁論の全趣旨とこれらにより成立を認めるべき乙第二号証によれば、被告は原告に対する本件懲戒免職の内部的意思決定をした後、昭和四九年七月中旬原告の所属する外勤労働組合帯広支部にこれをはかり、同月一七日同支部の同意を得たことが認められ、弁論の全趣旨により成立を認めるべき甲第二八号証及び原告本人の供述も右認定を左右するに足らず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四  以上のとおりであるから、被告が原告に対し昭和四九年七月一九日にした懲戒免職(解雇)の意思表示は、前示就業規則の定めに基づきなされたものとして有効であり、そして既に述べたところに照らし右解雇は原告の責に帰すべき事由に基づくものと認めるべきであるから、労働基準法二〇条但書により、右解雇は直ちに効力を生じ、右同日限り原告と被告との雇用契約関係は終了したものといわなければならない。なお被告は、右免職は同年六月三〇日付をもつてしたものであるから同日をもつて雇用契約関係が終了した旨第一次的に主張するが、その意思表示の時より遡つて雇用契約関係終了の効力が生じるとみるべき事由につき何らの主張、立証もないから、右主張は採用できない。

五  そこで進んで右雇用契約関係終了までの原告の被告に対する賃金請求につき考える。

原告は昭和四九年五月四日被告より自宅勤務を命ぜられ、以降それに従つて支部長としての現実の勤務はしていなかつたことが当事者間に争いがないので、まずその性質につき考えると、弁論の全趣旨によれば、右命令は要するに、原告の非違行為の内容が被告にとつて明らかになつておらず、従つてこれに対する懲戒処分を決定しえない段階において、その調査を全うする目的で、かつその嫌疑のある原告をそのまま支部長として職務遂行させるのが相当でないとの配慮から、発したものであるが、就業規則その他に根拠を有する不利益処分としてなされたわけではなく、また原告に対し、これによりその間正常に勤務しなかつたこととなり給与その他の点で一定の不利益を受けるべきことを告知したものでもないし、現に同年六月三〇日までは原告に対し正常に勤務したものとしての給与が支払われたものと認められる。してみると、その原告は事後的にみれば原告の前示非違行為にあつたにせよ、右命令が発せられた時点におけるその性質を考えるときは、被告の都合に基づき、自宅勤務(待機)することをもつて原告の提供すべき労務とする旨の職務命令たるを出ないと解するのが相当であり、従つて原告は右命令に従つて自宅勤務している間も、労働契約上は正常に勤務したものとして取扱われるものというべきである。

そうすると、原告は被告に対し同年七月一日から同月一九日までの給与請求権を有するものというべく、当時の原告の給与月額が二一万円で当月分を当月二三日に支払う約束であつたことは当事者間に争いがないから、その金額は次の算式のとおり一二万八七一〇円と算定すべきである。

二一万円÷三一×一九=一二万八七一〇円(円未満四捨五入)

次に、同年五月末日現在支部長として在籍し、同年七月一日現在まで引続き正常に勤務している者に対しては、右七月一日を支給時として夏期臨時手当が支給されることになつていたことは当事者間に争いがなく、右自宅勤務につき判断したところによれば、原告は右受給資格を有するものと認めるべく、その場合に原告に支給されるべき額が六八万三三六四円を下らないことは当事者間に争いがない。

六  以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求は、前項の賃金合計八一万二〇七四円の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱崎恭生)

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